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1996/07/09〜13
稚内から利尻島に行き、礼文島まで足を延ばしました。

フェリーから見えてきた利尻富士です。
なだらかな分、延々と登ります。

利尻島:200万年前に噴火で誕生。
標高1721M、周囲63KM。旧跡意地代から人が住み1807年頃から会津藩の藩士が派遣された。
利尻の地名はアイヌ語のリイシリで「高い山のある島」の意味。
離島であることから固有種のリシリヒナゲシ、リシリリンドウ、リシリゲンゲなどがある。

全部スキャナーで取り込んだ画像です。
当時は、写真を撮ることに意欲的ではなかったので、少ないのですね。もったいないことをしたものです。

7/9 稚内到着  フェリーで利尻島の鴛泊港へ、利尻富士全貌
なんだか、優しそうに見えますが・・
ペシ岬 この近くの宿「かのう亭」に投宿
ペシ岬はウミネコの営巣地でもあった
鴛泊港内の夕方
食事は、カニ、カニ、カニ、私はカニが嫌いなのだ
あと札幌に着くまでカニ攻撃だった
7/10 早朝宿出発
鴛泊コースは、3合目「利尻北麓野営場」、標高200mから約6時間で登ります、朝食は歩きながら摂るのだ
標高差1500mを登るという標識
ここから先は水がないので給水は各自念を入れる
7合目あたりから鴛泊港
5合目当たりまではわりと平坦なトドマツのなかをエッチラオッチラ、その後次第に急登となった
7合目あたりから山頂
まだ先は長いのだ、かなり疲れてきた
高山植物がきれいだった
長官山避難小屋(8合目より少し高い場所にある)
小屋の周りにギョウジャニンニクが群生、強いニンニク臭がした
やっと8合目長官山からの展望
礼文島が見える、ここから先は尾根沿いに登り展望もいい
長官山から山頂、カスがいったりきたりしていた
長官山で何名かが脱落
帰京後、長官山付近で崩落事故があったとの報道があり、もうひとつの沓形コースが一時立入禁止になったようであった
山頂、ガスで展望はなし
山頂手前は急傾斜のガレ場で3歩進んで2歩ずるずる、相当手ごわかった、ロープがなかったら前進はさらに困難。
ここでそそくさとお弁当を食べた
食べているうちにガスがかかって真っ白になり退散
日本名水100選「寒露水」、出発点はすぐそこ
下りは約4時間、長官山を過ぎてから長い、長い、まだか、まだかと思いながら延々と歩く感じ
寒露水がある場所には東屋があって座れた、そのまま寝てしまいたかった
私はすでに水がなくなっていたので、補給
非常に疲れた、こんなに疲れたのは生まれて初めて
宿の裏の浜
利尻は昆布が有名、浜に出てみると海中にも浜辺にも海草がいっぱい、これって昆布?採取してる人もいたよ
7/11 利尻島西海岸の沓形港に向かいます
日本100名山、利尻富士がくっきりと見えました
フェリーの時間まで散策
北緯45度11分の地と書いてあります
利尻富士はガスがかかりました
沓形港から礼文島に向かいます 礼文島です、40分くらいで到着
礼文島:礼文の地名はアイヌ語のレブンシリで「沖の島」、面積82平方キロ、やはり離党のため固有種、レブンウスユキソウ、レブンシオガマ、レブンキンバイなど多数ある
礼文林道はレブンウスユキソウの群生地
そればかりではなく、タカネバラとかレブンシオガマとかいっぱい!
丁度見頃!
礼文林道
強風とガスがでてきて、遠くはみづらかったが
足元だけでも充分だ
奇岩桃岩 近づくとほんとに桃のようだった
宿はこの近く、元地の「かぶか荘」
7/12 桃岩展望台 ガスでみえない、とほほだわ 礼文岳490mに登ります
片道2時間
礼文岳は、麓から半分くらいは急登でヤブコギ状態
道はぬかるみ、真っ黒い泥がいっぱいでよくすべった
あなどるなかれ
山頂から澄海岬方向
「澄海岬」、名前の通り海が透き通るようにきれいだ 日本の最北端「ストコン岬」
沖にはサハリンがみえるというが・・
桃岩付近を散策
かぶか荘前の元地海岸はメノウ海岸といい、メノウ原石が拾えるとのことでした
誰も収穫なし、遠くの左に見えている岩は猫岩
7/13 日本の最北端宗谷岬をまわり札幌へ
札幌で一泊して帰京
あぁ、もいちど行きたいなぁ

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