宮島と広島市内ちょこっと HOMEへ

厳島神社 国宝「高舞台」と奥に演奏者のための「楽房」
”平清盛公が伝えた優美な舞楽がこの舞台で舞われます”とあります
11/12は宮島見物とと広島市内で「広島お好み焼き」を食べに行く

厳島神社は、市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命が祀られる
日が暮れるころライトアップされ、大小の石灯篭にも灯りがともる。

社殿創建は593年(推古元年)、1168年(仁安3年)清盛により現在の形に造営された。(資料より)

「厳島合戦」
1555年10月16日(天文24年10/1)、毛利元就VS陶晴賢
10倍ほどの陶軍に知略で毛利は勝利。その後毛利は一大勢力となる

12日の朝食  お豆腐は味噌汁に入っている方がよかった 7:50 宿出発
宿近くの大元公園 ずらっと石灯篭が続く 
円型の郵便ポストと石灯篭 
文化財の近くは立派な消火栓が必ずあるのだ
カーヴミラーには、いい感じの民家が写っていた
奥に見えるのが、「杜の宿」 宮島歴史風俗資料館
江戸時代から明治にかけて、醤油醸造などの豪商であった江上家の屋敷を保存、資料館としている
宮島の横丁
古い木造の民家が連なり、ノスタルジックだ
厳島神社社殿は左側、入口に向かいます
重文「五重塔」は高さ27.6m
1407年創建といわれる
重文「多宝塔」は高さ15.6m 創建1523年 1555年厳島合戦の折り、この地が陶軍の最初の本陣であったといわれる
国宝重文「厳島神社」社殿参拝入口
中学生らしい団体が何組か見学中であった
私も中学生の時に見学に来たのだった。宿で枕投げしましたよ
左「能舞台」

国宝「高舞台」方向 
建物の配置の意味がよくわからないけれど、何とも優美

「高舞台」方向の向かい側 左の方が入口 真ん中奥「能舞台」 杜の宿が風景を壊している

国重文「大鳥居」
鳥居の真ん前で撮影しようとすると、向かいの山腹にある白い建物が、ぴったり真ん中に入るのだ。
(某宗教法人のものらしいが計算したような位置にあり、好感が持てない)
本殿 国重文「反橋」 別名勅使橋、昔勅使が参拝時に渡った橋
1557年毛利元就、高元父子により再建されたもの
毛利氏はこんなものも残していたんだわね
国重文「能舞台」毛利氏寄進 国宝降殿口 長い廊下の横板は108枚あると、中学生に説明していたが・・
「大願寺」山門  マウスオン 「大願寺」 
祀られる弁財天は日本三弁財天(江ノ島・竹生島)のひとつ
 
「大願寺」のいわれ 「大願寺の九本松」は高さ18m
地上に9本に分かれて出ている
廿日市市天然記念物指定とありました
「勝海舟 木戸孝允氏等楷曾談の部屋」
大願寺の書院、ここで1866年長州戦の際、幕臣勝と長州藩士らと会談をした
どこか懐かしい町の一角
石柵寄贈者は”尼崎伊三郎氏” 右の柱は”木戸浦三郎”とあった 社務所 鳥居は銅製のようだった

団体写真ベストショットからの「大鳥居」は高さ16.59m、棟の長さ24.24m
現在の大鳥居は、四脚造り、平安時代から数えて八代目、1875年(明治8年)完成もの。

大杓子 7〜8mはあったかなぁ
「世界一の大杓子」とありました
ここは表参道商店街
現役の「書状集箱」
1871年郵便事業創業当時のポストであり、他のポスト同様とり集めるので、利用していただきたい旨の看板付
宮島口駅近くの「うえの」
有名な”あなご飯”やさん、お弁当も販売
「太田川」でしょうかね
広島市は水に恵まれている印象だ
市電に乗りましたよ。
なんと車掌さんが乗務していた!マウスオン
電車から 市内 広幅の道路
政令都市広島市は人口約1162千人
大都会だ
電車から 元安川 電車から 軌道敷きがある広島市内
広島球場 本川ほとりに立つ旧相生橋柱と魚見台跡 
8月6日の夜には、相生橋の下流へと灯篭流しが行われる

原爆ドーム」と外国人見学者たち 近くには「動員学徒慰霊塔」もある
原爆は、ほぼ真上約600メートルで炸裂。
ドームを覆っていた銅板が一瞬にして溶解、鉄骨がむき出しに。
爆風は真上からであったため外壁の一部が残った。
当時の被爆死者は20万人超
もぅこの日から62年も経つんですねぇ。
唯一の被爆国としての使命を果たさねば。
1996年世界遺産登録 マウスオン
”被爆前の原爆ドーム(旧広島県物産陳列館)”
マウスオンで、被爆後の様子(ドーム前の説明板より)
大きな商店街を通りぬけて、お好み焼き村へと向かいます
お好み村ビル手前の公園にあったオブジェ 「八昌」ここで食します 
ビルに入るとそこは、お好み焼き屋さんがズラリ!
八昌は2階上がってすぐだった
まだ、この上に卵が乗ります。
出来上がりはマウスオン 
えーと味はオタフクソースの味
(やっぱりそばは別のほうがいいな)
市電いろいろ これは新型 海外の市電もこんな風だわ
旧型マウスオン

広島駅近くの猿猴川
コンクリートの上のお稲荷さん「稲生神社」 稲生神社は被爆壊滅したけれど”お守りぎつねは無事であった、今も平和繁栄を守り続けている”と書かれています

猿猴川上流方向

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ごらんいただき、ありがとうございました。